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さまざまな女性が日進キャンパスで学んでいます 在校生4名にインタビュー

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子育てをしながら大学に通って
もうすぐ二人目が誕生します

大学1年の冬に妊娠が分かって、当時大学2年生だった夫と結婚しました。最初は大学を辞めようと思ったんですけど、事務室の方が、休学には費用はかからないし、後で勉強したくなるかもしれないから、とおっしゃってくださって・・・。1年経ってから判断すればいいということで休学を選びました。

そして、翌年の夏に出産。生まれてから1年間は子どもと一緒に過ごしたかったので、結局2年間休学して大学に復学しました。その間に夫は大学を卒業して、社会人として働き始めました。

もともと心理カウンセラーになりたくて、臨床心理学科を選んだのですが、入学した当初は高校生の延長のようでやる気がでなくて「もう心理学なんてイヤ!!」と思って辞めようとしていたぐらいなんです。でも、復学して子どもを育てながら通い始めると、発達の話とか人間科学の話とか、授業で学ぶ内容が身近になってすごく吸収されていくような気がしました。勉強への意欲が以前とは全く変わりましたね。

今は子どもの送り迎えをして、家事もそれなりにこなして学校へ通っているわけですけど、それほど大変だとは思いません。もちろん、両親や夫を始め、周りの人の協力があるから私はここに来られているので、恵まれているとは思っていますし、感謝もしています。でも、もともとが楽天的な性格なのかもしれませんね。実は今年の8月に二人目を出産する予定なのですけど、出産後は9月からまた授業に出るつもりです。何とかなると思っているのですが・・・。楽天的すぎますかね?

卒業後は心理学関係の仕事に就きたいと思っていますが、とりあえず来年までは子育てに専念して、今後の進路に関してはそれから考えるつもりです。大学院に進むとか、心理職公務員の試験を受けるとか、道はいろいろあるわけで、決して一本だけじゃない。生き方って決して一通りじゃないってことを、子育てをしながら通った大学生活で学んだような気がします。

16年間の椙山生活を経て
子どもと接する仕事を選びました

小学校からずっと椙山に通っていて、今年で16年目になります。人間関係学部を意識し始めたのは、高校2年の時ですね。人間関係学科の先生の出張講義を受けたのがきっかけです。ジェンダーがテーマで、班に分かれてシャンプーのCMづくりを発表するといった授業だったんですけど、その時の印象がとても強くて・・・。ここだったら学生生活を楽しく過ごせるだろうと思ったのと、小さい頃から幼稚園の先生もいいなと思っていたので、椙山の中でも唯一子どものことが学べる学科だと知って、人間関係学科に決めました。

人間関係学科では、3年生になるとボランティアみたいなことを授業の中で体験して、実際に子どもと触れ合う機会があるんです。椙山小学校の土曜教室で「先生」をしに行ったり、渥美半島の「泥んこ村」というところに行ったり。「泥んこ村」へは月に一回金曜日の学校帰りに出かけて、翌朝から渥美の子ども達と一緒に農家の生活を体験するんです。また、夏休みには渥美以外からも子ども達が集まってきて長いときには1週間、一緒に自然体験をします。そんな「泥んこ村」での体験を通して、ますます子どもが好きになりましたし、子どもに対して様々な角度から接することができるようになりました。

今年で卒業ですが、就職は子ども服のメーカーに決まりました。子ども達のために何かできる職場を望んでいましたから、夢がかなった気分です。洋服を通して子ども達の成長に何かしら影響を与えることができると思いますし、子ども達の為に商品を提案する事ができたりするので、とてもやりがいがある仕事になると思っています。

日進キャンパスは、のどかでのんびりした雰囲気が好きです。16年間の椙山生活の最後を、このアットホームな環境で学べて本当によかったと思っています。それから、椙山小学校での土曜教室もとても良い思い出になりました。校長先生や他の先生方も卒業生の私を覚えていてくださって、とても暖かく迎えてくださいました。他の学校では、ちょっと味わえない経験ですよね。

日本の学生に溶け込んだ留学生活で
本当の自分と出会えた気がします

出身は中国の上海です。上海の師範大学を卒業した後、3年間社会人として働いて、5年前に来日しました。1年間日本語学校で勉強して、人間関係学科に留学生特別選抜で入学しました。

人間関係学部を選んだのは、親と子とか、男と女とか、そういう人間関係にすごく興味があったんですけど、中国ではそういう学問が発達していなくて、調べているうちに、椙山の人間関係学部に出会ったんです。入学して学部で学んでいるうちに教師と学生との関係に興味を持ち始めて、大学院では教育学を専攻しています。

それからもうひとつの理由は、椙山では人間関係学部しか留学生選抜を実施していなくて、留学生が少ないということ。異文化を理解しようとしたら、その世界に溶け込むというか慣れるしかない。椙山で日本の学生ばかりの環境を選んで、ごく普通の日本社会を体験することができましたし、自分の日本語も確実にレベルアップしました。

留学生が少ない学校ですから、中国の人と話すのは初めてっていう人も結構いたりして、私が中国文化の発信地になって皆の質問に答えて、私も日本のことを皆に質問したりして、そうやっていろんな人と友だちになりました。また、人間関係学部は3年からの編入生や社会人入学の方も多いので、社会経験の豊富な人とお話して私自身もワンランクアップしたような、そんな経験もできました。学問的にも勿論色々学びましたけど、日本の仲間との生活の中で自分探しのようなものを経験して、やっとほんとの自分と出会えたような、今はそんな気持ちです。

大学院卒業後は、まずは中国に帰って就職しようと思っています。上海も今は随分発展していますし、もう一度社会に出てみたいと考えています。教師も選択肢の一つですが、会社に入って新入社員の訓練をしたり、日本語を教えたり、そういった仕事にチャレンジしてみたいですね。そして、その後チャンスがあれば、他の国へ行って博士課程をとってみたいとも思っています。

教師に次ぐ人生二度目の仕事として
臨床心理士を目指しています

31年間広島で教師生活を送り、夫の転勤を機に東京の大学の心理社会学科に入学したんです。ところが、入学して3ヶ月後に今度は名古屋への転勤が決まって・・・。その大学の先生に椙山を勧めていただいて、今年の4月に臨床心理学科の3年生に編入学しました。

心理学を学ぼうと思うようになったきっかけの一つは、教師をしているときに子どもへの暴力防止プログラム団体のボランティアをしている中で、決して教師には見せない子ども達の姿に出会ったことです。ボランティアのおばさんとして接していると、子ども達の方から性的虐待にあったり、性被害にあったりという話をし始めるんです。教師以外のところで話を聞いてくれる大人を探しているんですよね。そういう体験をしているうちに、臨床心理士になって子ども達の声を聞いていきたいと思うようになりました。

もう一つのきっかけは、スクールカウンセラーが現状ではうまく機能していないと感じたからです。現状のスクールカウンセラーは、診断や治療が必要な場面では良い対応をしますけど、日々の教育活動で起こってくる問題では教師との連携がうまくいかないんです。私の身近な学校だけの問題だったかもしれませんが、自分の経験を活かせば、教師と連携して学校の問題にうまく関われるスクールカウンセラーになれると思ったんです。

今は2年生の必修科目と3年生の勉強とを同時進行で学んでいて大変ですが、心理学や人間関係学の素地になるところをしっかりと自分のものにして、早くもう一度社会に出たいと思っていますね。とにかく子ども達が待っている。そんな気がして仕方がないんです。大学院まで進んで臨床心理士になるまでは、早くて5年でしょうか。還暦までには頑張ります。

私の母は94歳まで元気でした。もし私もその年まで生きられるとしたら、もうひと仕事できるってことですよね。それが私にとっては臨床心理士なんです。同じ団塊の世代にも伝えたいですね。もう一度大学に来て、二度目の人生を見つけるのもいいんじゃないって。

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