狩猟採集民は環境に優しいか

BSMと名付けている学芸員課程のアニュアルレビューに書いたエッセーを採録しておく。BSMは早いもので9号となる。
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狩猟採集民は環境に優しいか


 私はオーストラリアの先住民アボリジニの調査を始めて、もうかれこれ20年になる。その間、フィールドでスウェーデンの環境学者のグループに出会ったことがある。10年近く前のことである。彼らは、アボリジニの「ブッシュファイア」に注目して研究を始めようとしていた。
 オーストラリア大陸にヨーロッパの人々が植民を始めたのは18世紀末のことだが、それより前に南半球を探査する探検船の記録が未知の大陸(オーストラリア大陸のこと)の様子を記述していて、そのいずれもが、頻繁に煙が上がることを記している。オーストラリアは乾燥した大陸であるから、自然発火によって「ブッシュファイア」が発生することも確かである。しかし、アボリジニたちが頻繁に火をつけていることもまた知られることになる。それは、植民者たちとの軋轢によってである。アボリジニはブッシュに火をつける。植民者たちはその火によって家畜や穀物を失う。そのために、アボリジニたちは目の敵となった。
 たとえば、タスマニア島はコンタクト時には4000名あまりの先住民が生活していたと言われているが、開拓が始まって80年ほどすると、彼らは絶滅させられてしまった。その結果、タスマニアの植生は大きく代わる。疎林であった火成林 は次第に鬱そうと茂るようになっていった。また、草原にも木々が進入し森へと変わってゆく。明らかに彼らの存在がタスマニアの植生を規定していたのである。タスマニアは現在では、豊かな森林資源を誇っている。現在は、日本の商社が森林を買い付け、大規模伐採をおこなって大きな問題となっているのだが、それは、ここでは述べない。
 オーストラリア南西部の都市部では、毎年のように、乾季には住宅地近くにまで「ブッシュファイア」の火が迫り大きな問題になる。この「ブッシュファイア」は、もちろんアボリジニによって起こされたものではなく、自然発火もしくは失火である。また、オーストラリアの各地には乾燥度を知らせ「ブッシュファイア」に気をつけようという大きな掲示板が掲げられる。
 オーストラリアにとって「ブッシュファイア」は歴史的にも環境的にも大きな課題であったのである。スウェーデンの環境学者たちのグループは、ノーザンテリトリーのアボリジニたちのところを訪ねて、彼らの環境利用と「ブッシュファイア」のことについて調べようとしていた。

 オーストラリアの考古学者の故リス・ジョーンズによると、定期的に火入れをおこなうアボリジニの「ブッシュファイア」は焼畑耕作に匹敵するくらい環境を巧妙に操作する手法で、火を用いた耕作(fire-stick farming)であるとしている。ジョーンズ以外にもアボリジニの「ブッシュファイア」についての研究は多いが、最近では、マーシャ・ラングトンのように、環境面に着目するだけではなく、アボリジニのエートスやシンボリズムに注目する研究もある。
 アボリジニたちの火付けは、彼らの清潔観と結びついている。火を入れることで、浄化されるという観念を持っているのである。たとえば、かつては、死者が出たときその住居や村は焼き払われ、人々はその地を去った。また、儀礼などで大勢が集まるとゴミや排泄物などでどうしてもハエが多くなるが、そうした際には、頻繁に儀礼場の周りに火がつけられる。
 また、林の中の見通しが良くなって獲物を見つけやすくなるので狩猟の助けとなるという効果もあったと言われる。
 一方、植物の方の事情として、種子の大きなユーカリは、火による上昇気流で遠くに種子をとばすことができる。根元の植物が焼かれることによって、灰分が肥料となる。あるいは、芽生えが焼かれて単位面積あたりの植物量が減少し、栄養分を独占できる、といった効果を持つといわれている。オーストラリアがユーカリを主体とする植生になっているのは、アボリジニたちの「ブッシュファイア」と無縁ではないとする研究者もいる。
 また、動物たちにしても、たとえば鳥はブッシュファイアの火線の近くを群れ飛んでいる。火に追われた昆虫が飛び立ち、鳥たちにとってはいわば格好のえさ場になるのである。また、カンガルーたちは、火に追われて焼け死ぬのではないかと思われるが、そんなことはない。管理された火(定期的に火が入ること)の場合、炎は大きくならず、十分に逃げ出す余裕があるのである。更に、焼かれた後一雨降ると新芽が芽吹き、疎林の林床は青々として、動物たちもそれをめがけて再び森に戻ってくる。
 定期的に火入れをすることで、森の林床が焼かれ、枯れ葉のような発火材料が残らない。じつは、ユーカリの葉には油分が多く含まれており、殺虫成分も含まれていて微生物によって分解しにくい。したがって、枯れ葉がたまりやすいが、それはある意味危険である。その点、定期的に火が入ることで発火材料が少なくなり、大火にならず、結果的に防火対策となるというのである。最近では、オーストラリア森林管理の手法としてアボリジニに学び、定期的な火付けがおこなわれるようになったという。その結果、安定的な森林生産あるいは森林保護ができるのだという。
 5−6年前、同じ研究仲間の文化地理学の金田章裕先生(京都大学)をお連れして、「ブッシュファイア」ツアーをしたことがあった。金田先生は、ノーザンテリトリーのアーネムランドを訪問するのは初めてとのことで、「ブッシュファイア」が森林管理であることや頻繁な火入れがおこなわれることについて、懐疑的であられた。フィールド各地を訪問して現地の人々にインタビューをし、「ブッシュファイア」を遠望できる高台に数日間キャンプするうちに、納得して頂けたようである。
 アボリジニたちは一年に何回もブッシュに火を放ち、森を焼き払う。そのことで彼らは自らの領地を管理しているようである。私は、友人のアボリジニ・アーティストのトンプソン・イルジリ老人につれられて、彼の故地を訪ねたことがある。トンプソンは帰り際に草原に火を放ち、「これできれいになった」と安心したようにつぶやいたことをみている。

 オーストラリアでフィールドワークをしていると、アボリジニに惚れ込んでいる人々に出会うことがある。彼は一様に「アボリジニたちは自然と共に生きている」というのである。確かに彼らはいまだに自然の実りを口にする部分が大きい。自然に対して手を加えることは少ないかに見えるが、はたしてどうであろうか。すでに述べたように、彼らは明らかに森に火を放ちそのことによって森を管理している。ブッシュに火をつけることは、大気中の二酸化炭素濃度を増やすことにつながる。したがって、昨今の地球温暖化論議からしても、まさに環境破壊である。もっとも、狩猟採集民や焼畑耕作民の火によって増加する二酸化炭素放出量よりも、工場や発電所、塵埃処理のためのそれの方が遙かに多いだろうが。
 しかし、考えてみると人間はそもそも環境を破壊してしか生きていけない動物なのではないか。出アフリカ以来、人間が到着した新しい土地から次々と大型動物が消滅している。オーストラリアでもディプロトドンなどの大型の動物は、人間が大陸にやってきた後に絶滅した。環境に手を加えて単一の植物種のみを栽培する農業もその最たるものである。人間のなんと業深いことか。

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このページは、杉藤重信が2004年2月16日 08:43に書いたブログ記事です。

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