葬送について

 若い友人が亡くなって、6月19日(土)はその偲ぶ会に出席してきた。
 亡くなった本人のように30歳そこそこでなくなったのだからご両親やご親族の心痛いかばかり、といったところであるし、同級生たちにとっても、思いもかけない経過をたどったのだから、それは、心残りで、嗚咽が漏れることも当然のことだろう。
 本人の最後に接した人たちが語るかれの語録は、いかにもかれを髣髴させるものだった。年齢以上に悟りきった物言いで、がんと戦い抗がん剤の副作用に苦しむ自分は「修行僧だ」といってみたり、死期を悟ったかのように人々の記憶の中に歴史化され、人々の関係のなかの記憶と化してゆく自分自身を客観的に説明してみたりしていた。
 しかし、考えたのだが、このような会を開くことは、日本の状況では、「若い」そして「将来を嘱望された」少壮学者をおくるというのはある意味当然の事のように思えるのだが、アボリジニの社会だったらどうだっただろう。もちろん、若者の早すぎる死について嘆き悲しむことは同じであろうが、それでも、ある種、もう少し様式化されたものであるはずである。
 どのような死であれ、死者をおくる葬式は葬式である。もちろん、葬式は死者をいたむものであると同時に、生者に死を納得させるものでもあるはずで、痛々しい死であればあるほど、死者を無事に死者の世界に送り届けるだけでなく、生者を得心させねばならない。現代社会はそうした場合、特別な儀式を葬式に加えて設定しようとするが、アボリジニ社会はどうだろうか。おそらく、淡々としていつもと同じ葬儀をし遂げるに違いないと想像するのだが。
 私たちは、通常の葬式では、痛みをいやされないので特別なものを用意し、それに参列するということなのか。誰でも訪れる死は、いつどこでという点で違いがあるが、いるかは必ず訪れる。しかし、それに対して、本人がどのような思いを残し、遺されたものがどのように思うのか、果たして、通常の葬式では、いやされないのか。もしそうだとすると(明らかに、そのようになっているのだが)、どのようにしなければならないのか。何ができるのか。
 ずいぶん、面倒なことではある。

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このページは、杉藤重信が2004年6月20日 21:05に書いたブログ記事です。

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