映画の最近のブログ記事

ラスト・サムライ

今日は、アカデミー賞授賞式(アメリカは時差でずれるわけだが)。助演男優賞にノミネートされている渡辺謙の出ているラスト・サムライを見てきた。プロデュースおよび主演のトム・クルーズはともかくも、なぜ今、サムライをテーマにするのかというのも気になるところではある。
トム・クルーズが惚れ込んでいたテーマだそうで、いまここで制作する必然的な理由はないのだろうが。おそらく、もしあるとすれば、ハリウッドの作品欠乏症がその大きな理由といったところか。リメーク、しかも、外国映画のリメークまでしようかという。また、原作は広く探している。制作場所も、オーストラリア・ニュージーランド。アイデアの欠乏だけではなく、相当予算カットができるようである。
しばらく前、民放の番組で、アーネスト・サトウの日記をよんだトム・クルーズが惚れ込んで、ラスト・サムライの制作を思いついたのだとか。彼は、サムライに打ち込んでいたのだそうだ。
風景が何となく違う(たとえば、ニュージーランドの羊歯が生える森の中など)とか、時代考証や風景考証がちょっと怪しい感じがするし、地理的な場所が、よく分からない。富士山が見える場所、横浜・東京と主人公の「勝元」の領国がどういう地理的な位置関係にあるのかなど、ともかく、変なところは有るけれど、それは、ともかくも、そして、サムライの哲学(あるいは、人生訓)が繰り返し語られ、滅び行くサムライの美学が描かれ、近代が、すなわち、ストーリーの中に出てくる鉄道とガリントン銃に代表されるそれが、サムライの世界を打ち崩す。作中明治天皇が大きな役割(滅び行くサムライの精神をふまえて日本を近代国家にしようという意思を表明する)を果たすのだが・・・。
この映画は、おそらく、学生世代の日本人にとっても、意外性のある、新鮮なテーマであるかもしれない。その意味で、学生世代の感想を聞いてみたいところである。

「ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還」(シリーズの第三作にして、最終作)を見てきた(原作の「指輪物語」は残念ながらよんだことがないのだが・・・)。とにかく、コンピュータ・グラフィクスなくしては、このシリーズなしといったところであろう。わがアライアンス・プロジェクトはの初期データは、ホビットのバギンズ一族の家系図を元にしたものを使っているので、まんざら無縁でもない。
さて、この映画は友情の物語とか人間の心(欲望)について、描かれているというのだが、その一方、やはり、ハリウッド映画的な西欧中心主義が目につくところである。もちろん、原作そのものが、ヨーロッパの様々な伝説にヒントをえてトルーキンが作り上げた、「サーガ」であるから、西欧中心主義であることはやむを得ないのではあるが。ヨーロッパ世界と思える、「ミッド・ランド」の王として帰還するアラルゴンが中心に描かれる最終作はとりわけその印象が強い。
ホビットは小人であるし、冥界の王のサウロンとその眷属たちの醜さといってない。また、悪と善との境界線を行き来する重要な人物であるゴレム=スメアゴルもそのとおり。美しく描かれるのは、ミッド・ランドのエリートたちといってしまえば身も蓋もないかもしれないが。
なぜ、我々がここにいるのかという「大きな物語」がこのようにコンピュータ・グラフィクスを用いて映画で描かれるというのは、誠に現代なのだが、「大きな物語」もまた、ロール・プレイ・ゲームになってしまうというのも、どんなものか。あくまでも「大きな物語」を矮小化することになり、そして再び、新たな物語を探して旅が始まるというわけではある。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち映画カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは情報です。

次のカテゴリは読書です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。