つれづれの最近のブログ記事

ずいぶん前のことを思い出してしまいました。

そういえば、この春に訪問してくれた卒業生の立山千陽さんが指摘してくれました。このページのヘッダーはオレゴン州のポートランドなんだそうです。私は、今使っているブログ・システムのMovableTypeのデフォルトで入っているものの中から選んだだけだったのですが。

彼女は、現在、米国公認会計士の資格を取得し、インディアナ州インディアナポリス市のErnst & Young LLP 社で勤務しておられますが、その出発点が、ポートランドの州立大学だったんです。だから、この風景は懐かしいそうです。
卒業生で名大のDに進学したKさんが、図書の整理を買って出てくれました。彼女は、ITのこともわかっているようなので、ひとまず、ほっとしたところです。アルバイト代の交渉をしなくちゃ!

今日、ようやく、懸案の科研申請書を提出しました。学内締め切り、昨日でしたが、昨日は、一日中、公務があって、なんとも時間をひねり出せなかったので、何とか一日延長してもらえました。やれやれです。

でも、また次の仕事が待っています。授業や学内の各種の仕事は、素知らぬ顔ですまして、影で進めなければならないので、ちょっとつらいですよね。

長浜行き

16日(日曜)に長浜に出掛けることになっているのだが、天候が今ひとつのようで、残念ではある。長浜の町を初めて訪ねたのは、まだ、大阪にいた頃で、おそらく、1982-3年頃だと思う。
富山大学に集中講義に行く大学の先輩を乗せて、富山に行き、彼が講義している間飛騨の山の中に入って、あちこち走り回った。当時、斐太後風土記を使って何か論文を書くという課題が与えられていて、それで出掛けたものだ。
帰路、まっすぐ帰るのもなんだから、どこかで降りようということになって北陸自動車道を降りて、長浜で食べ物屋を探した。そこで見つけたのが、「能登」という料理屋で、確か鮎の頃で、とてもおいしかった。次に出掛けたのは、その次の年ぐらいに、藤岡先生をお連れして、「鳥新」にいった。これも、確か、藤岡先生が富山大学へ集中講義で行くからその前に旅行しようと言うことになって、長浜で一泊、金沢で一泊となったのではなかったか。
藤岡先生が1991年に亡くなったとき、その冬に院生連中一同で、先生をしのぼうと長浜に来たこともあった。小山先生たちとも何度か来た。
80年代の長浜は、黒壁プロジェクトもまだ立ち上がったばかりで、長浜の町はひなびた町だった。それが、ずいぶん変わってきた。町おこしの成果であろう。しかし、町に住んでいる人たちは、どう感じているのだろう。是非知りたいところである。

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