(出版年代順に並べられている)

1976(昭和51年)
「離島における過疎の一考察−愛媛県宇和島市日振島の場合」(修士論文)甲南大学大学院。

 昭和38年以降、日本全国の僻地農漁村から人口流出が始まった。当時、日本の「経済的離陸」の時期であり、日本経済は都市人口を必要とした。その意味で過疎と過密は不可分のものであった。
 しかし、人口流出にはそれぞれの地域特性が存在する。論文では、漁村の人口変動の特性である。明らかになったのは、漁獲量の水位と調査値の人口の推移に相関傾向がみられるということである。すなわち漁村は近代的な装置産業としての漁業を営みつつも、人類の伝統的な生業形態である狩猟採集生活ときわめて類似した人口基盤をもっているためユニークな人口変動を示すと考えられる。

1982(昭和57年)
「エラート環礁の腰布」『季刊民族学』19号、74〜82頁。

 ミクロネシア・エラート環礁の女性たちが身にまとう腰布は単に衣装であるにとどまらず、さまざまな意味を持っている。腰布は、罪を犯した償いとして、また、謝礼として支払われる議事貨幣である。また、死者をくるむ布であり、旅にでるものへのせんべつである。ここには死と旅との象徴的連関があらわれている。
 以上のような事例に基づき、腰布の技術的な側面のみならず、腰布の社会的・象徴的意味について分析をおこなった。

1982(昭和57年)
「家屋の建築・修復に関する伝統的知識と技術:ミクロネシア・エラート環礁の場合」 『国立民族学博物館研究報告』7巻2号、349〜415頁。

 ミクロネシアのさまざまの伝統的知識は特定の者のみが継承することが許される。呪術、医薬、航海術、造船術と並んで、家屋の建築・修復に関する伝統的知識は重要な知識とされる。こうした知識は、本来、伝統的な宗教観に支えられてきたが、今世紀半ば、エラートがキリスト教に集団改宗したために宗教的基盤を失ってしまった。
 しかし、家屋に関する知識の体系は宗教的な部分を失った現在も実用的な知識として用いられる。すなわち、これはこの知識が「民族建築学」ともいうべき体系として機能しているからと考えられる。

1984(昭和59年)
「縄文人口シミュレーション」『国立民族学博物館研究報告』9巻1号、1〜39頁(小山修三と共著)。

 縄文時代の人口動態について、従来は遺跡などを手がかりに解明されてきた。しかし、実際には、縄文時代の全期間を通じて人口の動態を明らかにしたものや、地域的な変容について指摘した研究はほとんどない。
 この論文では、コンピュータ・シミュレーションを用いて、縄文時代の全期間にわたって、地域ごとに人口変動のメカニズムの解明を試みた。その結果、西日本と東日本における人口分布の偏りや、人口飽和量の人口動態の関わり、人口増加率や変動の要因について、綿密な分析をおこなうことができた。

1986(昭和61年)
「ウィークエンド・ハンター:町ずまいアボリジニの経済生活」『季刊民族学』36号、88〜93頁(窪田幸子と共著)。

 オーストラリア・アボリジニは伝統的には狩猟採集経済をいとなんでいた。しかし、約200年前の白人との接触の結果、おおきく変容を迫られた。現在アボリジニ人口の約75%は都市に居住する。しかし、その生活様式を大きく変容をせまられつつも原野で生活する人びとも存在する。
 この論文ではそうした地域であるアーネムランド・ガリウィンクにすむアボリジニの経済観及び労働観について、フィールドワークにもとづいて分析をおこなった。

1986(昭和61年)
「近代飛騨地方における焼畑特性:『斐太後風土記』の計量的分析」『歴史手帖』14巻7号、28〜35頁。

 明治10年刊行の『斐太後風土記』(江戸末期の飛騨國の物産が記される)によると、斐太地方の焼畑の記載が特定地域に偏っている。たとえば、白川郷のように山村地方におけるものと、大八賀郷のような高山近郊の村落である。
 本論では、各村落における産物の種類と生産量に注目し、クラスター分析の手法を用いて都市近郊焼畑村落といった類型の存在を指摘した。

1987(昭和62年)
『プレインヴィルUSA:1940年代のアメリカ農村生活誌』(増田光吉・監訳・共訳)、世界思想社、15〜71頁(担当部分)。

(作成中)

1987(昭和62年)
'Construction Techniques and Traditional Architectual Knowledge on Elato Atoll, Caroline Islands', I. Ushijima & K. Sudo(eds.) "Cultural Uniformity and Diversity in Micronesia", ( "Senri Ethnological Studies", no.21), National Museum of Ethnology, pp.279-320.

 この論文は、1982(昭和57年)「家屋の建築・修復に関する伝統的知識と技術:ミクロネシア・エラート環礁の場合」( 『国立民族学博物館研究報告』7巻2号、349〜415頁)の英語版である。

1988(昭和63年)
「文化人類学におけるイメージ」『イメージ人間学』誠心書房、第4巻、54〜74頁(藤岡喜愛と共著)。

 文化人類学において、これまでイメージそのものを分析的に扱った研究はない。しかし、各々の研究者自身の持つイメージが研究分野に反映するはずである。また、民族誌の中で記述されるデータはすべてイメージが研究分野に反映するはずである。また、民族誌の中で記述されるデータはすべてイメージ(つまり、各民族のもつ世界像)に満ちているといえる。
 この論文では、前者の例として進化論のイメージに関する民族誌、および、ニューギニアのヒクイドリの民俗分類に関する民族誌を取り上げた。しかし、そこには問題がある。すなわち、民族誌において取り上げられるものは研究者自身のイメージに他ならず、結論としては、文化人類学におけるイメージはこれまで研究されたことはないということになる。

1989(平成元年)
「ミクロネシア・エラート環礁の数詞」松原正毅・編『人類学とは何か:言語・儀礼・象徴・歴史』日本放送出版、109〜143頁。

 数えることの認識論的基礎は数と対象とのあいだの一対一対応関係の把握である。そのうえで各民族の「数の体系」にしたがって実際に「ものが数えられる」。ミクロネシアの数の体系の特徴は、日本語と同じく助数詞をもつ点にある。
 本論文では、それらの助数詞はある種の分類体系をなしていることを指摘した。すなわち、助数詞の体系は、対象の形態による分類、生物・無生物などの分類であって、これらの分類体系は彼等の自然認識と深く結びついていることを明らかにした。

1990(平成2年)
「長老ブルマラの世界」 中野不二男・編『もっと知りたいオーストラリア』弘文堂、82〜94頁。

 アーネムランドの町ガリウィンクにすむアボリジニのブルマラ老人は、いつも風変わりな風体で町を歩いている。真っ白な長袖のシャツと、長ズボン。首には双眼鏡とウォークマンをたすきに下げ、耳にはヘッドホンを当てている。手にはステッキをもち、しかし裸足である。文語的なしかもボキャブラリー豊富な英語を駆使し、町に住む白人たちを煙に巻いている。(作成中)

1991(平成3年)
「人口規制要因としての婚姻規則:コンピュータ・シミュレーションによる分析」小山修三・編『近代狩猟採集民オーストラリア・アボリジニ』(『国立民族学博物館研究報告別冊』15号)国立民族学博物館、251〜275頁。

 文化人類学の主要な研究対象のひとつは「親族」であった。親族名称や婚姻規則をめぐる従来の親族研究のひとつの焦点は、素朴な生活様式をもつアボリジニの複雑きわまりない婚姻規則の解明であった。従来の親族研究では、それぞれの社会の社会構造を固定的にとらえ、その形式の解明に力点が置かれたのである。
 筆者は、アボリジニのヨロンゴ社会を例に取ると形式を完全におこなうと人口は維持できず、実際、彼等の婚姻規則の遵守率は70%程度であって、そうした条件のもとにコンピュータ・シミュレーションすると人口維持が可能であることを指摘した。一般化していえば、従来の親族研究のスタティックな視点に対して、ダイナミックな視点を提供したといえる。

1992(平成4年)
『オーストラリア・アボリジニ:狩人と精霊の5万年』(共編) 産経新聞社。

 国立民族学博物館の特別展『オーストラリア・アボリジニ:狩人と精霊の5万年』の図録として企画されたものであるが、型破りに文字の量が多いものとなった。それは、アボリジニに関するすぐれた文献が少なかったので、図録という形を取っているが、総合的にアボリジニの現在を浮かび上がらせることを最大の目的とした。

1992(平成4年)
「分類する人びと:半族の思想」小山修三ほか・共編『オーストラリア・アボリジニ:狩人と精霊の5万年』産経新聞社、42〜45頁。

(作成中)

1995(平成7年)
「数理民族学:その応用的研究」 『民博通信』68号、39〜53頁。

(作成中)

1996(平成8年)
「文化人類学における家族・親族領域を中心としたフィールドデータの処理と分析」『重点領域研究 人文科学とコンピュータ:コンピュータ支援による人文科学研究の推進』(文部省科学研究費補助金1995年度研究成果報告書)、401-408頁。

これらの成果については、http://study.hs.sugiyama-u.ac.jp/alliance/、および、こちらを参照のこと。

1997(平成9年)
「アウトステーション運動その後:オーストラリア・アボリジニの現在」『季刊リトルワールド』、63号:3〜4頁。

 フィールドワークの中で出合ったジョシュアというアボリジニ・アーティストを紹介しながら、同時代に生きるアボリジニの現在について紹介をした。かれらは、現在、白人によって建設されたセツルメントをでて、自らの領地に小集落をたてて住まうようになってきているが、そうした一見伝統回帰の中に、ひたひたと現代文明が入り込んで、かれらの生活を変化させようとしている。このエッセイでは、そうした点をひとりの男の生活の中に描いてみた。

1997(平成9年)
「文化人類学における家族・親族領域を中心としてフィールドデータの処理と分析」、及川昭文・編『重点領域研究 人文科学とコンピュータ:コンピュータ支援による人文科学研究の推進』(文部省科学研究費補助金成果報告書)、CD-ROM。

 重点領域研究の公募研究班(研究代表:田中雅一、研究班員:窪田幸子、濱崎修平、杉藤重信)による途中経過報告である。平成9年度は、CD-ROMによる出版の形式をとった。
 執筆は、主として杉藤が行い、プログラム開発部分の紹介(実用モデルの動作シミュレーション)は濱崎がおこなった。この研究班は、文化人類学者のフィールドワークツールとしての親族データベースの構築と家系図の図示をおこなうための実践的なツールの構築を目指している。平成9年度においては、最終年度(平成10年度)の完成を目指して、動作モデルを提示した。

1998(平成10年)
「町の中もブッシュ、そして町がブッシュにやってきた:オーストラリア・アーネムランド・アボリジニの住まい」 佐藤浩司・編、『住まいをつむぐ:建築人類学へのいざない(1)』、学芸出版社、71〜88頁。

 本論文は、オーストラリア・ノーザンテリトリーのアーネムランドにあるアボリジニ・コミュニティのひとつ、マニングリダ周辺の住まいの変化やアウトステーション運動(1970年代以降、アボリジニの市民権獲得以降、伝統的な生活様式に回帰しようというもの)の展開について、フィールドワークの成果に基づいて、分析をくわえたものである。
 アボリジニは狩猟採集生活を維持しつつも、現代文明の技術的成果(マイクロウェーブによる通信回線や太陽光発電、恒久的な住まい、四輪駆動車など)を利用して生活している。かれらの、変わらないエートスと技術的な変化の大きな狭間と、かれらの困難を指摘した。

2002(平成14年)
「アボリジニ芸術の現在・過去・未来:オーエンペリ物語」 小山修三・窪田幸子・編『多民族社会の先住民:オーストラリア・アボリジニの現在』世界思想社、215-238頁。

オーストラリアの西アーネムランドにおけるアボリジ・コミュニティでのフィールドワークに基づき,アボリジニ芸術の現状と未来について考察を加えたものである。

2003(平成15年)
杉藤重信・編著『イメージ処理を伴う文化人類学調査ツールの開発と研究』(文部省科学研究費補助金基盤(B)(1)、課題番号12551005、2000-2002年報告書)。

これらの成果については、http://study.hs.sugiyama-u.ac.jp/alliance/、および、こちらを参照のこと。

2003(平成15年)
「アボリジニ社会の分析」、杉藤重信・編著『イメージ処理を伴う文化人類学調査ツールの開発と研究』(文部省科学研究費補助金基盤(B)(1)、課題番号12551005、2000-2002年報告書)、5-15頁。

これらの成果については、http://study.hs.sugiyama-u.ac.jp/alliance/、および、こちらを参照のこと。

2003(平成15年)
「データベース変換:宗門改帳」、杉藤重信・編著『イメージ処理を伴う文化人類学調査ツールの開発と研究』(文部省科学研究費補助金基盤(B)(1)、課題番号12551005、2000-2002年報告書)、16-23頁。

これらの成果については、http://study.hs.sugiyama-u.ac.jp/alliance/、および、こちらを参照のこと。

2003(平成15年)
「チュートリアル「アライアンス」」、杉藤重信・編著『イメージ処理を伴う文化人類学調査ツールの開発と研究』(文部省科学研究費補助金基盤(B)(1)、課題番号12551005、2000-2002年報告書)、24-35頁。

これらの成果については、http://study.hs.sugiyama-u.ac.jp/alliance/、および、こちらを参照のこと。

2003(平成15年)
「アボリジニ芸術と作家活動:現代に生きるドリーミング」飛騨・世界生活文化センター『夢に生きる:オーストラリア・アボリジニの世界』飛騨・世界文化センター、36−44頁。

オーストラリアの西アーネムランドにおけるアボリジ・コミュニティでのフィールドワークに基づき,アボリジニ芸術活動について,分析を行なった。

2003(平成15年)
「現代に生きるドリーミング:アボリジニ・アートの目指すものは何か」、小山修三他編『精霊たちのふるさと:アボリジニ現代美術展』現代企画室、20−23頁。

オーストラリアの東アーネムランドにおけるアボリジ・コミュニティでのフィールドワークに基づき,アボリジニ芸術活動について,分析を行なった。

2004(平成16年)
「人口学における家系図研究の可能性」、『人口学研究』34:23-29。

徳川期の宗門改帳を資料にして,科学研究費補助金を得て開発を行なったソフトウェアの「アライアンス」を用いて,分析を行ない,その展開の可能性について指摘を行なった。現物は、PDF形式でこちらから見ることができる。

2005(平成17年)
「親族関係分析システム『アライアンス』による『宗門改帳』分析の試み」、『人文科学とコンピュータシンポジウム2005』159-166頁。

親族関係分析システム「アライアンス」を用いて、「宗門改帳」分析を試みた。その結果、今後更なる展開の可能性があることを指摘した。現物は、PDF形式でこちらから見ることができる。この論文は、平成18年度情報処理学会山下記念研究賞を受賞した。その授賞理由は、こちらから見ることができる。

2006 (平成18年)
「親族データベースおよび系図の利用に関する応用人類学的研究:アプリケーションおよびその利用に関する支援手法の開発」(文部省科学研究費補助金基盤(B)(1)、課題番号15320122、2003-2005年報告書)

文部省科学研究費補助金の報告書。 報告書はhttp://study.hs.sugiyama-u.ac.jp/2005rec/から見る事ができる。

2006 (平成18年)
'Alliance Project: Digital Kinship Database and Genealogy', L. Dyson et. al. (eds.),"Information Technology and Indigenous People " (Idea Publishing Group), pp.260-365, (co-author: Sachiko Kubota).

本報告は、2004年にオーストラリアのオーストラリア国立大学で行われた。アボリジニ・トレス海峡民研究所主催の定例会議で発表したものをもとに「アライアンス」を紹介したもの。

2006 (平成18年)
「人類学調査支援ツール、親族データベース「アライアンス」について 」、『オセアニア学会ニュースレター』、no. 86 pp.10-37。

本報告は、「アライアンス」の使用方法に焦点をあてたもので、PDF形式でこちらから見ることができる。